春信座敷八景

鈴木 春信

錦繍の模様のように美しいといわれた錦絵は明和2年 (1765年) に鈴木春信 (1725年―1770年)によって創始された。それはちょうどこの頃、見当といって多色摺版画を摺るときにおのおのの色彩のずれを防ぐため、各版木に標的をつける工夫が発明されたおかげであった。この見当の発明なくして、錦絵は生まれなかったといえる。しかしこの錦絵ははじめ高価であったので、一部の上層階級の贅沢品であったが、のち流行するにつれ大量生産され、一般庶民にまで普及していった。地方出身者の多い浮世絵師の中でも、春信は江戸の生れであった。本姓は穂積氏、通称は次兵衛、長榮軒、思古人と号した。浮世絵師の西村重長(?―1756年)の門人と言われているが、その画風をみると上方の浮世絵師、西川祐信(1671年―1751年)の影響を多く受けている。その活躍期は宝暦期にはじまり、明和2年から没する7年までー世を風靡し、後世の浮世絵師たちに多大の影響を及ばした春信は沢山の錦絵を作ったが、その本領はなんといっても明和年間に作制した美人画につきる。わけても本画集に撰んだ八枚揃いの「座敷八景」、1枚絵の「鶴上の遊女」、「驚娘」などは傑作中の傑作である。春信も浮世絵師であるゆえ、遊里の美人達を描いている。その描かれた美人画をみると、独得の可憐さと清潔さとを持っている。そこには遊里の女にありがちな頽廃的な情感は少しもみられない。ただ春信は彼女らの風俗姿態を淡い色彩で表現することによって、遊里という雰囲気を出している。それゆえ現実味の薄い夢幻的な小世界をつくっている。そのことはまた春信がムードを重視する画家であった事をも意味する。人物の背景に描かれた草木や水の流れに、また障子にうつる人影、それらは中間色による色彩をもって、甘いロマンチックな気持を見る者に感じさせる。それが春信の錦絵の特徴でもあるし、またたまらない魅カでもある。

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1. 座敷八景あふぎの春嵐

2. 座敷八景台子の夜雨

3. 座敷八景鏡台の秋月

4. 座敷八景事路の落雌

5. 座敷八景あんとうの夕照

6. 座敷八景手拭掛の帰帆

7. 座敷八景とけいの晩鐘

8. 座敷八景ぬりお桶暮雪

9. 鶴上の遊女

10. 夕立の女

11. 夜の梅

12. 右垣前の若衆

13. お仙のかけおち(大判)

14. 鷺娘

15. ぼくりの雪